オリンピック ミラノ・コルティナ大会

2月6日に開幕したオリンピックのミラノ・コルティナ大会は、2月22日に幕を閉じた。日本選手は、金5、銀7、銅12の計24個のメダルを獲得した。金5個は1998年の長野大会に並ぶ最多で、総数は冬季最多だった前回北京大会の18個を超える最多となった。ショートプログラムでのミスから立ち直り見事金メダルを獲得したフィギュア・ペアスケートの三浦選手と木原選手、銅メダル3つを獲得して現役を引退する高木選手が話題になった。

9個のメダルを獲得したスノーボードも期待種目だった。

 それにしても、スノーボードのビッグエアやハーフパイプという空中で回転技をやる競技には驚かされる。命の危険すら感じるこれらの競技に挑もうとする若者たちには呆れるが、頼もしくもある。

 パラリンピックは3月6日から3月15日まで開催され、日本選手は銀メダル3個、銅メダル1個の計4個を獲得した。前回北京大会の金4、銀1、銅2の合計7個のメダル獲得を下回り、2002年ソルトレーク大会以来、6大会ぶりの「金メダルなし」とのことだが、選手たちは頑張った。アルペンスキーの村岡桃佳選手は冬の日本人最多記録となる通算11個目のメダルを獲得した。長いこと挑戦し続けているのだ。

 2月25日の日経新聞の文化面に、義手で奏でるバイオリンというタイトルで、伊藤真波さんの話が掲載されていた。准看護師として働きながら国家試験を目指していた20歳の時に、交通事故で右腕を失ったという。パジャマのボタンもとめられない、箸も使えない中で、母親の「バイオリンを弾けなくなっちゃったね」との一言をきっかけに、7歳のころからお稽古していたバイオリンの特訓を始めた。義肢装具士と作業療法士に相談して、肩甲骨の動きで弓を操る義手を作ってもらった。

 「きらきら星」が弾けたら満足しようと思っていたものが、繰り返し練習しているうちに欲が出た。伊藤さんは水泳のロンドンパラリンピック選手でもあった。出場が決まった壮行会でお礼にバイオリンを弾いた。自分の結婚式では、母の好きな、さだまさしの「精霊流し」を弾いた。「隻腕の義手バイオリニスト」としてギネス世界記録に認定され、今も国内外の演奏会や講演会に招かれて演奏しているという。凄い人だ。

 オリンピック選手も、パラリンピック選手も、自分の限界に挑むということでは同じだ。怪我をしたから、病気をしたからと言って、できなくなったことを嘆いていてもしょうがない。できることに感謝し、できる能力を最大限に発揮しようとするところに喜びがあるのだと思う。

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